徳島地方裁判所 昭和58年(ヨ)135号 決定 1984年2月09日
甲事件申請人
北島高江
右同
竹内美和子
乙事件申請人
山嵜恵子
右申請人ら代理人弁護士
林伸豪
右同
枝川哲
右同
川真田正憲
甲乙両事件被申請人
中西頼雄
右代理人弁護士
松尾敬次
右同
竹林節治
右同
畑守人
右同
中川克己
右同
福島正
主文
一 被申請人が、昭和五八年六月一一日付でなした甲事件申請人北島高江及び竹内美和子両名に対する別紙処分目録記載の処分の効力を停止する。
二 被申請人は、乙事件申請人山嵜恵子を被申請人の経営に係る鴨島中央病院の従業員として取り扱い、かつ、昭和五八年七月から本案訴訟第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り一箇月金一五万九三〇円の割合による金員を支払え。
三 申請費用は、被申請人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の主張
申請人らの甲乙各事件の申請の趣旨及び理由は、別紙甲事件申請書及び乙事件申請書各記載のとおりであり、これに対する被申請人の答弁、認否及び反論は、別紙甲事件答弁書及び乙事件答弁書各記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 甲事件について
1 被申請人が、昭和五八年六月一一日、病棟掲示板に申請人北島及び竹内並びに申請外川村浅子、原田喜代子の四名について、同月二〇日以降別紙処分目録記載の勤務をするよう命ずる旨の掲示をして本件配転処分をなしたことは、当事者間に争いがない。
2 本件疎明資料によれば、以下の事実が認められる。
(一) 申請人北島は、昭和五五年三月初旬から臨時雇いとして、同年九月一日から正式の、申請人竹内は昭和五四年四月五日から、いずれも看護助手として本件病院に採用された。本件病院における看護助手の職務は、看護婦ないし准看護婦の看護補助業務をなすものであり、その具体的内容は、第一に注射アンプルカット、注射伝票記載、観察記録の記載、検温などの看護婦業務自体の代行及びカルテの持ち運び、投薬介助などの看護補助的業務、第二に入院患者のラジオ体操、日常生活指導、院内作業指導、衣類点検、レクリエーション指導等の患者の行動に関する患者指導業務、第三におやつ配布、食事介助、つめ切り、入浴介助、おしめ交換などの患者の介助業務、以上の三種に区分される。入院患者に対する日常生活指導、作業指導の一つとして、症状の軽、中度の患者に病棟内の各個室の清掃及び各自の洗濯を看護婦、看護助手が指導してやらせており、その指導の一環として看護婦、看護助手自らが手本を示しながら清掃洗濯等をやらせることがあるが、これは右患者指導業務の内容の一部である。
右申請人両名の就業時間は、就業規則の定めどおり午前八時三〇分始業午後五時終業である。
昭和五八年現在、申請人北島は四一才、同竹内は三五才である。
(二) 前記川村及び原田は、本件病院の停年(五五才)を超過してから採用され、昭和五八年現在、川村が七二才、原田が六六才である。両名が従来担当した職務内容は、午前八時三〇分に出勤し洗濯場において終業時間の午後五時まで洗濯業務に従事する場合と、午前七時に出勤し同八時三〇分までの間は入院患者の食事介助、おしめ交換をして、その後午後三時三〇分までは病棟外の清掃の職務に従事する場合があり、両名が一箇月交替でこれを担当する。したがって、右両名の職務の中心は清掃と洗濯の雑役業務であり、ただ早出の午前七時より同八時三〇分までの時間だけ、食事介助とおしめ交換という看護助手的業務の補助をするに過ぎない。右両名が病気等で出勤できない場合に限り、申請人北島及び竹内が適宜右雑役業務の一部を臨時に代行することがあった。なお、右早出の場合の勤務時間は、就業規則には定められておらず、川村、原田の両名と被申請人との間で個別に約定された労働条件である。
3 被申請人は、本件配転処分は、本来看護助手の労働契約上の職務に含まれている洗濯、掃除等の業務及び早出勤務を命ずるものであり、労働契約の履行過程における使用者の具体的指示にすぎず労働契約の内容を変更する法律行為ではないと主張する。
しかしながら、右疎明事実及び当事者間に争いのない事実によれば、申請人北島及び竹内は看護助手として看護補助的業務、患者指導業務、患者介護業務等の職務に従事することを労働条件の限定的な内容として雇用され、就業規則に定められた就業時間内(午前八時三〇分から午後五時まで)において右職務に従事してきたところ、本件配転処分は、右申請人両名を従来川村、原田のみが担当していた洗濯清掃等の雑役業務に配置転換し、右四名が一週間交替で早出出勤することを命ずるものであると認められる。そうすると、右処分は、看護助手として看護行為に準ずる業務に従事することを労働条件の限定的な内容として雇用された労働者を、高齢者でもなしうる比較的単純な肉体的雑役労務に配置転換し、かつ勤務時間上も就業規則に定めのない不利益を及ぼすものであるから、労働契約の重要な内容の一部を不利益に変更する法律行為であり、当該労働者の同意又は右配置転換等を合理的なものと首肯しうるに足りる業務上の正当な事由が存しなければ、法的に無効なものと解するべきである。しかして、右申請人が本件配転処分に同意していないことは弁論の全趣旨に照らして明らかであり、処分を首肯しうるに足りる業務上の正当な事由は疎明がない。
したがって、本件配転処分は、右申請人両名のその余の主張につき判断するまでもなく無効なものである。
4 そこで、保全の必要性について判断する。
本件疎明資料によれば、右申請人両名を配置転換し早出勤務させることは、同人らの職務上及び家庭生活上著しい損害を被らせるおそれがあると認められる。したがって、右損害の発生を避けるためには、本件配転処分の効力を停止する必要があるものというべきである。
二 乙事件について
1 申請人山嵜が、昭和五七年五月本件病院に正看護婦として就職し、給与支払日が毎月二五日であること、同人が本件病院の労組結成時にその書記長に就任し昭和五八年六月六日から同労組委員長となったこと及び被申請人が右申請人に対し、昭和五八年七月九日付をもって、本件病院の就業規則七一条六項、九項、一〇項、一五項、一八項、七〇条一二項、一三項、六九条二項ないし五項に基づき懲戒解雇したことは、当事者間に争いがなく、本件疎明資料によれば、申請人山嵜は本件解雇当時、被申請人から給与月額一五万九三〇円を支給されていたことが認められる。
2 本件解雇の正当性につき検討する。
被申請人は、本件解雇の理由として本件病院の就業規則の前記各条項に該当する事実があった旨主張する。しかしながら、本件全疎明資料によってもいまだ右事実が懲戒解雇という重大な不利益処分を理由づけるに足りるほど疎明されているとは言い難く、他に右解雇を基礎付ける正当な事由は疎明がない。したがって、申請人山嵜は、依然として本件病院の従業員としての地位を有するものというべきである。
3 そこで、保全の必要性について検討する。
本件疎明資料によれば、申請人山嵜は本件病院から支給される賃金で生活する労働者であるから、被申請人から本件病院の従業員として就労することを拒否され、本案判決に至るまで前記賃金の支払いを受けられない場合には、経済生活上困難を来すなど著しい損害を被るおそれがあるというべく、この損害を避けるためには、同人が本件病院の従業員たる地位を有することを仮に定めたうえ、本案訴訟第一審判決言渡しに至るまで賃金相当額の金員を従前と同一の条件で仮に支払わせる必要があるものというべきである。
三 よって、申請人らの甲乙各事件の仮処分申請はいずれも理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 上野利隆 裁判官 田中観一郎 裁判官 清水節)
処分目録
甲事件申請人北島及び竹内両名について、一週間置きに洗濯等雑役職務と午前七時の早出勤務とを交互になすことを命ずる処分。
甲事件申請書
申請の趣旨
一 被申請人が昭和五八年六月一一日付でなした申請人北島及び竹内両名に対する別紙処分目録記載の処分の効力を停止する。
二 申請費用は被申請人の負担とする。
申請の理由
一 被申請人病院について
被申請人中西頼雄は、医師で、個人で精神病院鴨島中央病院を経営している(以下「本件病院」という。)。
同病院は看護婦、看護人等従業員約五五名を擁し、病床数一五八に対し収容入院患者一七〇名である。
被申請人は、元県会議員で地元の有力者でもあるが、独善的でワンマン的な病院経営を行っており、医療水準も低劣であり、入院患者の自殺、集団脱走などしばしばトラブルが発生し、社会的にも問題を惹起しており、かつその労務管理は極めて前近代的であり、労働条件も低く、このため従業員の定着率もすこぶる悪かった。
二 労働組合の結成と申請人北島及び竹内両名の参加
1 このような中で、従来未組織であった本件病院の職場において、劣悪な労働条件を改善し、患者本位の良心的な医療活動を実現するために昭和五七年末ころから労働組合結成の準備が進められ、昭和五八年一月九日、従業員約三〇名が全国一般鴨島中央病院支部を結成し、翌一〇日同病院に通告した。
なお、右組合は、同年三月七日、上部団体を全国一般から徳島県医療労働組合協議会(略称県医労協)に加盟替えを行い、同協議会所属鴨島中央病院労働組合との名称に変更している。
しかし、組合員数は、以下に述べるような被申請人側の猛烈な組合攻撃によって、本年五月ころまでに一六名に減らされている。
2 申請人北島及び竹内両名は、右組合結成当時からその趣旨に共鳴し、積極的に参加してきた。
特に申請人竹内は、結成時の同年一月九日から会計監査、同年六月六日から副委員長の要職を占めてきた。
三 被申請人の組合攻撃
1 組合が結成されるや、被申請人は当時の支部書記長であった乙事件申請人山嵜恵子を閉鎖病棟主任看護婦から解任し、また同じく支部会計監査であった申請外亀窟綾子を解放病棟主任看護婦から解任し、亀窟については更に、勤務当初からの条件で、昼休みについて家庭の事情から本来午後〇時から午後一時までであるところを午前一一時三〇分から午後一時まで認めていたのを、同年一月一五日突如廃止してきた。
そして、更に、同年二月一四日に同月二五日付をもって右両名及び組合副支部長であった申請外中田直子の三名を就業規則七一条を理由に懲戒解雇処分にしてきた。
2 支部委員長であった申請外吉田卓史は、看護助手として勤務の傍ら、同病院の承認の下に徳島県精神病院協会准看護学院に入学して毎週二回通学し、准看護士の資格を取得すべく修業中であったところ、同学院は鴨島中央病院ら徳島県下の精神病院で結成している准看護学校であって、同校の入学は学生の勤務する所属病院長が身元保証を差入れることを条件として許可されており、右吉田については被申請人が身元保証人となっていたところ、同年二月一〇日突如として右身元保証を被申請人が取り消す旨の意思表示を行い、同学院を自動的に退学処分となった。
また、右翼暴力団を自称する男を導入し、組合員を様々な形で威迫してきた。
3 右四名の処分は組合破壊をねらった明白な不当労働行為として無効な処分であり、徳島地方裁判所に対し同年三月二日地位保全等の仮処分申請(同庁昭和五八年(ヨ)第三九号事件)を提起するなど地域労組の支援も得、処分撤回斗争を展開した。
その結果、同年三月一〇日後記のとおりの人事協議約款を含む処分撤回の労働協約が調印されたため、右仮処分は三月一五日取り下げた。
4 本件病院は、同年三月ころから労務担当として労働コンサルタントの申請外高森高夫なる人物を大阪から招請し、以後同人が病院側の代表として労使交渉に当るようになり、一時労使の正常化が進められた。
同年四月五日には職種別の賃金体系を作成し、かつ昭和五八年度の賃上げについて平均約一万八〇〇〇円の賃上げを協定した。
また、同年四月一二日には組合結成当初からの要求であった組合事務所の使用について合意が成立し、病院敷地内に作業用倉庫であったプレハブ建物を組合事務所として使用することが認められた。
5 ところが、それもつかの間、四月中旬ころには右協定書は高森が勝手に調印したものであるから守れないと公言するに至り、四月下旬には高森は解任され帰阪した。
そして、またも露骨な労組攻撃が再開されるに至った。
そして、自らの代理人が責任をもって締結した賃上げに関する協定書を破棄しながら、これらに関する団体交渉について、四月二六日以降六月一九日までの間、一切の団体交渉を拒否してきた。
また、賃上げについて、被申請人側は組合との協定書は無視したまま、一律五〇〇〇円アップを四月分給料から強行実施してきた。しかるに六月分給料からは、非組合員には五〇〇〇円アップの給料を支給しながら組合員のみ右五〇〇〇円もカットして支給するという二重、三重の不法を行ってきた。
6 同年六月二五日、被申請人は、従来自由に使用を認めてきた組合事務所について、突然、その出入口である南側通用門に施錠し、午後五時以降の使用をできなくするなどの妨害嫌がらせ行為に及んだ。組合活動は午後五時以降の勤務時間外に主としてせざるを得ず、その時間に使用できないのは組合事務所を使用できないのも同然である。この妨害排除については徳島地方裁判所に仮処分申請を行なった。
7 同年六月二二日、被申請人は、身長一八〇センチメートル、体重八〇キログラム以上の巨漢の病棟長申請外原田らと共謀して、数人で、女性である組合委員長山嵜恵子を病院会議室に連れ込み監禁し、「仕事をしにこんと金だけとってまぜ返しに来よる。お前や人間でない。」「お前は何だ。」などと脅迫、威迫し、更に精神科の医者としてあるまじき「措置の手続をしてほうり込んどけ。」と原田に指示するなど驚くべき暴言を吐いて脅かすに至った。措置とは精神科医の意見によって強制的に精神病棟に入院させることであり、右山嵜は、被申請人の言動からいって単なるおどかしにとどまらない現実の恐怖を感じさせられ、助けて、と大声で叫んで部屋から逃げ出そうとすると、被申請人は「逃がすな、捕まえろ。」と怒号し、原田が山嵜をつかまえ、その場に引き倒した上引きずり回すなどの暴行を加え、よって加療三日間を要する右上腕、骨盤部、左下腿挫傷の傷害を負わせたものである。
四 本件配転処分
昭和五八年六月一一日、被申請人病院は、病棟詰所掲示板に、申請人北島及び竹内両名について同年六月二〇日以降、従来午前八時三〇分出勤の看護助手職務であったところ、別紙処分目録記載の配置転換処分(以下「本件配転処分」という。)を掲示して通知した。
五 本件配転処分の無効
1 申請人北島及び竹内両名は、いずれも看護助手募集の新聞広告によって応募し、看護助手として採用されたものであり、その職種は労働契約の重要な要素であることは言うまでもない。
看護助手は看護婦の指導の下に看護婦の補助がその職務であり、具体的には投薬介助、入院患者の日常生活・作業活動の指導観察、おしめ交換、昼食などの介助行為である。そして従来からの慣行として、希望によって順番に、勤務の傍ら県精神病院協会准看護学院に通学し、准看護婦(士)の資格を取得できていたのである。
また、勤務時間は、申請人北島及び竹内ら看護助手は午前八時三〇分出勤で、午後五時までである。
本件配転処分によって右申請人両名に新たに転換させようとする職務は雑役であり、雑役婦川村浅子、原田喜代子が担当しているものである。右川村、原田は、いずれも高齢の女性で、採用時から洗濯、掃除等の雑役職務を遂行することを条件に労働契約が締結されているものである。ちなみに、原田喜代子六四才、川村浅子七三才である。
そして、右両名は、一箇月交替で、八時三〇分から五時までの勤務時間のときに入院患者の衣類、オムツの洗濯を行い、午前七時から午後三時三〇分の早出出勤のときは入院患者の朝食の介助を行い、その後病院内外の掃除を担当するものである。
2 現在、看護助手は申請人北島及び竹内を含め七名であり、そのうち組合員は前記不当処分を受けた吉田卓史以外は右申請人両名のみである。ところが、組合員以外の看護助手には准看護学院の入・通学を認めるなど優遇措置を行う一方、従来通りの職務を遂行させているにかかわらず、右申請人両名には右入学を認めないのみか、右両名に対してのみ、一方的に雑役職務に配置転換し、かつそれぞれ主婦として午前七時出勤することが極めて困難であるにかかわらず、これを強権的に命ずるものである。
3 ところで、前記のとおり、申請人らの所属する鴨島中央病院労働組合と被申請人との間には、昭和五八年三月一〇日の労働協約において、組合員の労働条件の変更及び人事移動については事前に協議する旨の人事協議約款が締結されている。しかし、本件配転処分発令にあたって、被申請人側から組合に対し何らの事前の相談も協議もなかった。
よって、本件配転処分は、まず右人事協議約款に違反し無効なものである。
4 更に、本件配転処分は、被申請人側の組合破壊及び組合活動弱体化を意図し、組合員や組合役員であることを理由に非組合員と差別して不利益に取り扱うものであり、労働組合法七条一号・三号に違反し無効なものである。
5 申請人北島及び竹内はいずれも看護助手という職種で労働契約を締結したものであり、それは労働契約の重要な要素であるところ、本件配転処分は右申請人両名の同意なく、一方的に異職種に、しかも極めて不利益なそれに変更するものであって、労働契約に違反し無効である。
六 保全の必要性
申請人北島及び竹内は、本件配転処分の無効を確認する等の本訴を鋭意準備中であるが、その確定を待っていては著しく不利益を被るので、これを保全するため本申請に及んだ。
乙事件申請書
申請の趣旨
一 被申請人は、申請人山嵜恵子を被申請人の経営に係る鴨島中央病院の従業員として取り扱い、かつ、昭和五八年七月から毎月二五日限り同申請人に対し金一五万九三〇円を支払え。
二 申請費用は被申請人の負担とする。
申請の理由
一 事情
1 被申請人の経営する本件病院の実態、本件病院における労働組合結成の経緯、組合に対する被申請人からの諸種の攻撃並びに申請人北島及び竹内両名に対する本件配転処分の内容及び違法性等については、甲事件申請書の申請の理由一ないし五記載のとおりであるから、これを引用する。
2 申請人山嵜は、解雇当時組合委員長であったが、その結成当初から中心となって活躍し、結成時書記長に就任し、五八年六月六日から委員長に就任し現在に至っている。
なお、同人は、昭和五七年五月一〇日鴨島中央病院に正看護婦として就職し、解雇当時の月額給与は一五万九三〇円であり、その支給日は毎月二五日である。
二 申請人山嵜に対する解雇処分
被申請人は申請人山嵜に対し、昭和五八年七月九日付内容証明郵便にて「貴殿を鴨島中央病院職員就業規則に基き昭和五八年七月九日付をもって懲戒解雇する。七一条六項、七一条九項、七一条一〇項、七一条一五項、七一条一八項、七〇条一二項、七〇条一三項、六九条二項・三項・四項・五項、右により本日以後の出勤を厳禁する。」と通知し、もって本件解雇処分(以下「本件解雇」という。)をなした。
三 本件解雇の無効
1 さきに述べたとおり、申請人の所属する鴨島中央病院労働組合と被申請人との間に昭和五八年三月一〇日締結した労働協約において組合員の労働条件の変更及び人事移動については事前に協議する旨の人事協議約款が締結されている。解雇が右の労働条件及び人事異動の最たるものであることは言うまでもない。しかるに、本件解雇はいきなり通告されたもので、何らの事前の申入れも協議もない。解雇通告後も、組合の再々の協議の申入れをすべて拒否している状態である。
よって、本件解雇は、右人事協議約款に違反して無効である。
2 更に、本件解雇処分は、被申請人側の組合破壊及び組合活動弱体化を意図し、また申請人山嵜が組合の書記長ないしは委員長として組合活動の中心となって活動してきたことを嫌悪し、これを理由に不利益取扱いするもので、労働組合法七条一号・三号に違反して無効である。
3 本件解雇通告は就業規則の条項を列記しているが、申請人山嵜はそれに該当するような事実は全くない。仮にしからずとするも、懲戒解雇に値するようなことはなく、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。
四 保全の必要性
申請人山嵜は、被申請人から支給される賃金を生計の手段とする労働者であり、被申請人従業員として労働組合活動の中心となってきたものであり、従業員の地位が早急に保全される必要性がある。
甲事件答弁書
申請の趣旨に対する答弁
一 申請人北島及び竹内両名の本件申請を却下する。
二 申請費用は右申請人両名の負担とする。
申請の理由に対する認否及び反論
一 被申請人病院について
被申請人が医師で精神病院鴨島中央病院を経営していること、病院の病床数が一五八であることは認めるが、その余は争う。
なお、昭和五八年七月現在、病院の従業員数は五二名で入院患者は一六七名である。
二 労働組合の結成と申請人北島及び竹内両名の参加について
1 昭和五八年一月九日病院の従業員三一名が全国一般鴨島中央病院支部を結成し、翌一〇日病院に通告したこと、組合がその後上部団体を全国一般から徳島県医療労働組合協議会に変更し(但し、その日付は不知。)、その名称を同協議会所属鴨島中央病院労働組合としたことは認めるが、労働組合の結成の動機及び組合員数の減少の状況については不知、その余は争う。
2 右申請人両名が右組合結成以来の組合員であること、申請人竹内が会計監査や副委員長に就任したことは認めるが、その余は不知。
三 被申請人の組合攻撃について
1 組合結成後被申請人が当時の支部書記長であった申請人山嵜恵子を閉鎖病棟主任看護婦から解任したこと、同じく支部会計監査であった申請外亀窟綾子を解放病棟主任看護婦から解任したことは認める。
病棟主任は、一般看護婦に対する業務指示権を被申請人から一定範囲において委任されているのみならず、幹部会議に出席することによって病院の経営方針、経理内容等についても関与しこれらについて知悉しているものであって、本来は単なる労働者ではなくむしろ管理職としての性格を濃厚に有しており、労働組合の構成員となることは法律上も実際上も不適当であるため被申請人が右両名に主任をやめてくれるよう要請したところ、右両名もこれをいったんは了承したものである。
また、亀窟について所定の休憩時間(午後〇時から午後一時)を遵守する旨、昭和五八年二月二五日に通告したこと、同月二六日に山嵜・中田・亀窟を懲戒解雇したことは認める。
亀窟は採用時に「主人が炊事に慣れるまでの間、昼間早く帰らせてほしい。」と申し出たので、被申請人が当初右申し出を認めていたことは事実である。
但し、右取扱いは、恒久的に労働契約の内容となるような性格のものではなく、あくまでも一時的な特例にすぎなかった。
ところが、亀窟は、昼休みを長くとる必要がなくなってからもしばしば所定の休憩時間以前に外出するため、被申請人としては再三にわたって亀窟に対し所定の休憩時間を遵守するよう求めていたものである。
昭和五八年二月二五日、被申請人が改めて亀窟に休憩時間の遵守を求めると亀窟もこれを了承し、その旨の文書を被申請人に提出した。
ところが右文書には押印がなかったので被申請人より押印を求めると、亀窟は「それでははんこを押してきます。」と文書を持ち帰った。被申請人は亀窟の言葉を信じて応接室で一時間以上待機していたが、同人はいっこうに前記文書を持参しなかった。被申請人が駐車場で亀窟を発見し問いただすと、「あれは山嵜さんと中田さんに取られました。」と述べるのみで、それ以外の質問については一切答えなかった。翌日、山嵜・中田に事情を確認すると、「たとえ院長の指示であっても、組合員が組合にことわりなく文書等を病院に提出することは一切認められないので、組合で預かった。」とのことであった。
右三名の行為は、被申請人の従業員に対する指揮命令権を何ら合理的理由なく排除するものであって、就業規則七一条六号等に該当することが明白であったので懲戒解雇処分にしたものである。
なお、組合員らによる業務命令違反行為あるいは指揮命令の排除の実例は、この件にとどまらない。
2 支部委員長(当時)吉田卓史が看護助手であり、本件病院の承認のもとに徳島県精神病院協議会(以下「協議会」という。)准看護学院に毎週二回通学していたこと、准看護士の資格の取得が目的であったこと、右学院は県下の精神病院で結成している協議会が運営している准看護学校であること、同校の入学は学生の勤務する所属病院長が身元保証を差し入れることが条件として許可されていること、吉田については被申請人が身元保証人となっていたこと、昭和五八年二月一〇日被申請人が右身元保証を取り消したことは認める。同人につき被申請人が身元引受人になっていたが、同人の勉学態度が芳しくなく、被申請人として同人の身元を保証し得なくなったため、これを取り消したものである。
本件病院が、右翼暴力団を自称する男を導入し、組合を様々な形で威嚇したとの点は否認する。
3 四名の処分について地位保全等の仮処分申請がなされたこと、またその後仮処分が取り下げられたことは認めるが、その余は争う。
申請人ら主張の労働協約については、被申請人が調印した事実はなく、労働協約として成立する余地はない。
4 本件病院が昭和五八年三月ころから高森高夫に労務問題に関する相談をしていたこと、その後同人に交渉を委任したことは認めるが、同人はあくまで交渉権限を有するにすぎず、妥結に際しては被申請人の了解が必要であった(高森はその旨被申請人に対し明確に約束していた。)。しかるに、右高森が被申請人に何らの相談なく独断で昭和五八年度賃上げにつき協定したため、被申請人としてはこれを承服しえないとして、その協定を認めなかった経過がある。
被申請人が病院敷地内のプレハブ建物を組合事務所として貸与したことは認める。
5 被申請人が昭和五八年度の賃上げについての協定書を承認しなかったのは前述の理由によるものであり、その後被申請人が団体交渉を拒否したとの事実はない。
昭和五八年度の賃上げについては、被申請人自ら組合と交渉し、同年四月二二日五〇〇〇円アップの内容で合意に達したため、同月二五日四月分給与について五〇〇〇円アップで支給した。組合は合意に際し協定書の作成を約束しておきながら、同月二六日の団交に至り協定書作成を拒むばかりか、合意の存在を否定した。
組合員は右合意に基づく賃上げを受領していたが、その後組合が昭和五八年度賃上げについての協定書の作成を拒み、未妥結であると主張したため、病院は合意を前提に支給していた賃上げ額を六月分より支給しえなくなった。
昭和五八年度賃上げについては既に労使間で明確に合意済みであり、今更改めて交渉する必要はなかったが、被申請人は事態収拾のため団体交渉に応じる旨、組合に回答した。ところが、組合が、「団交の組合側参加人員を無制限にせよ。」との主張に固執したため、同年六月一五日に至ってようやく団体交渉開催の運びとなったものである。
6 被申請人が六月二五日より組合事務所の南側通用門を施錠したことは認め、午後五時以降の使用をできなくするなど妨害行為を行ったとの点は否認する。
7 六月二二日被申請人が病棟長原田らと共謀して山嵜恵子を会議室に連れ込み監禁したとか、暴言をはいて脅かしたとか、身の危険を感じて山嵜が逃げ出そうとすると被申請人が「逃がすな。捕まえろ。」と怒号したとか、原田が同人を捕えてその場に引き倒しひきずり回すなどの暴行を加えたとか、の主張は全面的に争う。右主張は全く事実に反する。
四 本件配転処分について
昭和五八年六月一一日被申請人が病棟掲示板に申請人北島及び竹内両名について同月二〇日以降一週間交替で、一週間を洗濯等の職務を行い(もっとも洗濯等のみを行うわけではない。)、次の一週間を午前七時の早出勤務をするよう命ずる旨の掲示をしたことは認めるが、これが配置転換処分であるとの主張は争う。
五 処分の無効について
1 本件病院内では、看護助手(申請書の用語に仮に従う。)と、これと職種として異なる雑役婦の区別など全く存在しない。申請人北島及び竹内両名は看護助手として採用されたものであるが、この点は川村浅子・原田喜代子についても全く同様である。
申請人らは、看護助手と雑役婦という全く異なる二つの職種があり、右申請人両名と川村・原田との労働契約上の担当職務が全く異なるかのように主張しているが、事実に反する。
看護助手の職務は投薬介助、入院患者の日常生活・作業活動の指導観察、おしめ交換、食事の介助行為等のほか洗濯、掃除等の雑役も当然含むものである。現実にも、看護助手ら(右申請人両名も当初はそうであった。)は、労働契約に従って洗濯・掃除等も遂行しているものである。また、川村・原田両名も洗濯・掃除等のみを担当しているものではなく、他の看護助手らと同様に投薬介助、食事介助等の業務を行っているものである。
右申請人両名も労働契約に従って当然洗濯・掃除等の職務を行うべきところ、被申請人が再三にわたってこれを命じたにもかかわらず、何ら正当な理由なくこれを拒否し続けていたものである。しかしながら、従業員の人数が減少したため、両名のわがままをこれ以上看過できるような状況ではなくなったため、洗濯・掃除等も行うよう再度指示したものにすぎない。
また、交替制の午前七時の早出勤務は病院内で従前から行われているれっきとした勤務形態であって(したがって、労働契約の内容となっている。)、現に右申請人両名を除く看護助手らは交替制の早出勤務の経験を有しているのである。右申請人両名に対しても再三にわたって早出勤務を指示していたものであるが、右両名はこれに従わなかったものである。しかしながら、前述のとおり従業員の人数減少に伴い、申請人両名のわがままを容れることは出来ない状況となったため、改めて早出勤務を命じたものである。
右申請人両名は、本件指示が配置転換であり労働契約の内容の変更であると主張しているようであるが、本件業務指示は本来看護助手の労働契約上の職務に含まれている洗濯・掃除等の業務を命じたものであり、労働契約の履行過程における使用者の具体的指示にすぎず、労働契約の内容を変更する法律行為ではない。
また、早出勤務についても労働契約の内容に含まれていることは前述のとおりであり、これまた労働契約の内容を変更する法律行為ではない。
2 争う。
3 昭和五八年三月一〇日付労働協約なるものは、被申請人の了解なしに全く妥結権限を有しない高森が被申請人の妻和子を欺罔して指印せしめたものであり、被申請人が妻に労働契約締結の権限を授権したことがない以上、労働協約としての効力の発生する余地は全くない。したがって、労働協約の人事協議約款の有効性を前提とする主張は全く失当である。
4 本件配転処分が不当労働行為であるとの主張は争う。
5 本件配転処分が労働契約内容に違反するとの主張は争う。
六 保全の必要性について
争う。
乙事件答弁書
申請の趣旨に対する答弁
一 申請人山嵜の本件申請を却下する。
二 申請費用は右申請人の負担とする。
申請の理由に対する認否及び反論
一 事情について
1 事実についての認否及び反論は、甲事件答弁書の一ないし五記載のとおりであるから、これを引用する。
2 申請人山嵜の給与額については争い、その余は認める。
二 申請人山嵜に対する解雇処分について
認める。
三 本件解雇の無効について
1 争う。
昭和五八年三月一〇日付労働協約なるものは、被申請人の了解なしに全く妥結権限を有しない高森が被申請人の妻和子を欺罔して指印せしめたものであり、被申請人が妻に労働契約締結の権限を授権したことがない以上、労働協約としての効力の発生する余地は全くない。したがって、労働協約の人事協議約款の有効性を前提とする主張は全く失当である。
2 争う。
3 争う。
4(一) 本件解雇の理由は、次のとおりである。
<1> 被申請人の指示した注射を勝手な判断で取り止めたり、指示とは全く違う注射をした。
<2> 被申請人が指示した投薬を勝手に止めた。
<3> 煙草(治療上厳しく規制されている。)を「おやつ」と称して特定の患者に与えた。
<4> 特定の患者の家族に電話して、コーラ等を差し入れるよう催促した。
<5> <2>ないし<4>により患者を手なづけて被申請人や非組合員に対して暴行等をするよう扇動した。
<6> 昭和五八年六月一〇日ころ、徳島県医務課に「鴨島中央病院では六月一五日に患者が集団脱走する。」という虚偽の事実を申告した。
<7> 長期間にわたって特定の患者に一日中かかりきりになり、その余の仕事を拒否した。
<8> 昭和五八年五月二七日重症患者を独断で病棟外に放置した。
(二) 右行為のうち、<1>ないし<4>、<7>は使用者である被申請人の業務命令を日常的に無視するものであり、病院内の統制を乱し、病院業務の正常な遂行を阻害するものであることは明白である。
殊に、<1>、<2>の行為は医師の判断を無視して、勝手に医療行為を行うものであり、看護婦としての基本的義務に反し、患者に対する治療行為に重大な支障を来すことは勿論、患者の症状を著しく不安定にし、自殺、自傷行為や他の患者、病院従業員に対する殺傷行為を引き起こすおそれも極めて大きい。
(三) 患者に対する治療行為に重大な支障を来すという点では、<5>、<8>の行為も同様である。
虚偽の事実に基づき被申請人や非組合員に対するいわれのない敵意を植えつけられること自体が、心を病んでいる患者たちにとって重大な悪影響を及ぼすことは言うまでもない。また、被申請人や非組合員である病院従業員らは、安心して治療に専念することもできないことになる。
重症患者を独断で病棟外に放置した場合には、その患者自身が交通事故等に遭うおそれがあるだけでなく、他の患者や病院従業員(場合によっては付近住民も)に対して、殺傷行為を行う危険性が極めて高い。看護婦である申請人山嵜はこのことを熟知しているはずであり、単なる脅し、嫌がらせでは片付けられない行為である。
(四) <1>ないし<4>、<7>は特定の患者のえこひいきにつながり、その結果として、病院の患者に対する適正な管理を阻害するものである。精神病患者は一般の病気の患者以上に看護婦のこの種のえこひいきに対して過敏であり、このため、治療行為に重大な支障を来すことになる。
(五) <6>の行為は病院の社会的信用を失墜させ、ひいては病院経営を不可能にするものである。現に、この当時、病院に対するよからぬ風評が流れ、多数の患者が治療の途上において退院していったという事実がある。
病院の社会的信用の失墜という意味では<1>、<2>(誤った治療法により、患者の症状の増悪や死亡、事故等が起こった場合)、<5>、<8>(放置された患者が死亡したり住民を殺傷した場合)の行為も同様の危険性をはらんでいるものである。
(六) 申請人山嵜の<1>、<2>の行為は就業規則七一条一号(七〇条一二号)・七一条六号に、<3>、<4>の行為は七一条六号に、<5>の行為は七一条一号(七〇条一三号)に、<6>の行為は七一条一五号に、<7>、<8>の行為は七一条六号にそれぞれ該当することは明白である。
(七) 以上のとおり、本件解雇の原因である申請人山嵜の行為は、就業規則上の懲戒解雇事由に該当することはもちろん、客観的にも極めて危険かつ悪質な行為である。
また、手続的にも被申請人はかねてより、右申請人に対し再三にわたって口頭または書面により警告を行い、処分にあたっても十分に同人から事情を確認し、弁明の機会も与えている。
したがって、本件解雇は実体的にも手続的にも無効となる余地は全くない。
四 保全の必要性について
争う。